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修行(2)

Pok_Rie / Pixabay

前回の記事で、修行について書きました。

 

嫌な人が職場にいた場合でも、その人とどのようにつきあっていくかを

考える事が、自分を成長させる修行になります。

 

もし、上司も、同僚も、部下も、みんないい人だったら、どうでしょう。

 

たしかに、仕事はやりやすく、自分にとって快適かもしれません。

けれども、自分が成長する機会はぐっと少なくなるでしょう。

 

自分が快適だという事は、もしかしたら、周りの人が我慢してくれて

いるのかもしれません。

 

ある、有名な布教使が、説法に来ていた時に、浄土真宗の熱心な門徒の

人が話を聞きにきました。

 

門徒の人は、説法の時間に間に合わず、個人的に布教使と話をしたの

ですが、こんなやりとりがありました。

門徒「今日はどんな話をなさったんですか」

布教使「人間は歳を取ると、気が短くなって腹を立てやすい。

何事も堪忍してくらすことが大切や、という意味の話をしたんや」

門徒「自分は他人さんに堪忍してあげたことはないけど、

   自分の方が悪いので他人さんに堪忍してもらってばっかりです」

 

これは、深く自己の姿を知らされているからこその言葉なのですが、

日常生活においても、自分が忍耐しているように思っても、

実は周りの人に忍耐してもらっている事の方が多いのかもしれません。

 

周りがいい人に囲まれていると、自分が忍耐することはありませんが、

もしかしたら、周りの人が私の事を忍耐してくれているのではないで

しょうか。

 

そう考えると、いい人に囲まれた環境が必ずしもいいとは言えないかも

しれません。

 

嫌な人が一杯の環境に身を置く事の方が実は、自分の成長の為には、

プラスになる事も多いのですが、それについては、次回に書きたいと思います。

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