Read Article

一つの水が4つに見える(一水四見)

ronymichaud / Pixabay

 

前回のブログで、立場が変わると同じ物を見ても、全く違って見える事を書きました。

 

仏教で、その事を教えられた一水四見という言葉があります。

これは一つの水でも4通りに見えるという事です。

人間が水を見ると、ふつうに飲むもの、水と見ます。

魚は、水を住み家と見ます。

餓鬼には、炎に見えると言われます。

(餓鬼というのは、仏教で説かれている世界で、餓鬼界に生まれると、食べ物や飲み物がなく、常に飢え渇いて苦しみます。水を見つけて飲もうと思っても、口元で青白い炎に変わって、飲む事ができません。だから餓鬼は、水が炎に見えるのです)

天人は、水を瑠璃と見ます。

(瑠璃というのは、ラピスラズリという宝石のことです。天上界というのは、大変喜びや楽しみの多い世界で、天上界の川には宝石が流れているので、天人には、川の水が宝石に見えるということです。)

このように一つの水でも境涯によって見え方が全く異なります。

 

同じ物を見ても、その人の置かれている立場や環境によって、

同じ物を見ても、全く違うものに見えるという事を教えられた言葉です。

 

たとえば、身近な事でいえば、同じ100ドル札を見ても、人によって

見え方は大きく違うでしょう。

アメリカに住んでいる人でも、毎日の生活に困っている人ならば、

大金と見えるでしょう。

ビバリーヒルズの豪邸に住んでいる人が見ると、

小銭に見えるのかもしれません。

(でも、もしかしたら、反対なにかもしれません。

だからこそ、お金が貯まるという事もあるのかもしれません)

外国のお金を余り知らない人が見ると、お金である事は分かっても

いくらぐらいの価値があるのか分からないでしょう。

ジャングルの奥地で、貨幣を使わない民族の人には、

ただの紙としか見えず、手を拭いて捨てられてしまうかもしれません。

 

自分の見え方だけで判断をすると、知らないうちに相手を傷つける

ような事を言ってしまうことがあります。

 

「100ドルくらい、いつでも財布に入ってますよね?」

と何気なく言った言葉で、その100ドルが無くて困っている人を

深く傷つけてしまう事だってあるかもしれません。

 

そんな事を考えていたら、何もしゃべれなくなってしまうと

思われるかもしれませんが、そういう事もあると知っているだけでも、

多生は気をつけて言葉を使うようになれるようになります。

 

という私も、言葉で失敗をする事が多く、反省することしきりなので、

気をつけてゆきたいと思います。

URL :
TRACKBACK URL :

Leave A Reply

*
*
* (公開されません)

Return Top