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怒りの炎の消火剤

Hans / Pixabay

 

自分と相手の見え方は全然違うということを続けて書いてきました。

 

自分と相手が同じと思うから、どうしてこんな事も分からないのかと

怒りの心が起きてきます。

 

怒りとは、どんな時に起きるのかといえば、

「自分は正しい、相手が間違っている」

「自分は善い事をしているのに、相手が悪い事をしている」

と思うと怒りの炎が燃え上がります。

 

「自分は間違っているんだけどなー」

と思いながら、腹を立てる人は、ないでしょう。

そんな人があったら、ただのはた迷惑な人です。

 

自分が正しい、相手が悪いと思って腹を立てているので、

相手が非を認めて、誤ってくれると、怒りの気持ちが収まる事もあります。

 

ところが、相手が非を認めないとますます腹が立ちます。

夫婦げんかも、そうやってエスカレートしていきます。

 

ちょっとした事で、腹が立つ事があって、奥さんが旦那さんにその怒りを

ぶつけた時に、相手がすぐに「ごめん、僕が悪かった」と謝れば、

「分かればいいんだけど」と怒りは納まります。

それが、「オレは間違ってない、お前こそ間違ってるじゃないか」となると

この人はまだ間違っていることがわからないの!と、

「今回だけじゃないでしょ!前にも同じような事あったじゃない」

と過去の事も思い出して、余計に腹が立ってその怒りをぶつけます。

そうすると、相手も、

「お前こそ、前もこんなことあったじゃないか」

と反撃します。

そうすると、これは何としても、間違っている事を教えなければと

「3年前からずっと、そうじゃない!」

とさらに過去を思い出して、怒りの心が燃え上がります。

その怒りをぶつけると相手もさらにエキサイトして

「それならオレも言わせてもらうけど、結婚してからずっとこうじゃないか!!」

と、どんどん大げんかに発展します。

怒りのスタートは、目玉焼きにソースをかけるか、醤油をかけるかという

小さな問題だったのが、やがて別れる、別れないの大問題に発展してしまう

事もあります。

 

しかし、よくよく考えて見ると、そもそも

自分が正しいと思っているのは、本当に正しいのでしょうか。

自分が、善い事をしていると思っているのは、本当に良い事なのでしょうか。

そこを立ち止まって考える必要があります。

 

自分が正しい、相手が間違っていると思うのは、あくまでも自分の見え方で

あって、相手は全く違った判断基準を持っているかもしれません。

 

基準が違うと善・悪、正・邪の判断も全く違ってきます。

違った基準で、こっちが正しい、そっちが悪いと言い合っても、

それは意味がありません。

 

ボクシングの選手とキックボクシングの選手が試合をして、

「蹴るのは反則だ」「どこが反則だ」

と言い合っているようなものでしょう。

 

基準が違うので、まずは相手の基準を知るところから始めなければ

なりません。

 

それをめんどくさいと思うのなら、リングから降りて、

相手に勝ちを譲ってあげた方がいいのかもしれませんね。

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