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愚痴とは、愚かで馬鹿な心

いつも読んで頂き、有難うございます。

 

今年も頑張って書いてゆきたいと思いますので、よろしくお願いします。

愚痴の心について続けて書いています。

 

前回のブログでは、愚痴は他人を恨み、憎む心と書きましたが、

今日は、「愚痴」という言葉の意味についてもう少し詳しく

説明したいと思います。

 

愚痴の「愚」とは、愚かということです。

「痴」は、知恵が病だれの中に入っているということで、

知恵が入院している、つまり馬鹿ということです。

 

愚も愚か、痴も馬鹿ということで、愚痴というのは、

愚かで馬鹿な心ということです。

 

何が愚かで馬鹿なのかというと、お釈迦様が、これが大宇宙の真理で

あると説かれた「因果の道理」が分からない心という事です。

 

因果の道理については、また後日詳しく書いてゆきたいと思いますが、

簡単に説明をすると、原因と結果のいつでもどこでも変わらない関係

という事です。

 

仏教では、私たちの幸福や不幸、禍福は、この因果の道理によって

決まるのだと教えられています。

 

その事を端的に表されて、多くの人が使っている言葉が、

「自業自得」です。

これは、一般的には悪い意味に使われていますが、

自分のやった行いによって、自分が結果を得るということで、

悪い意味だけではなく、善い意味もあります。

 

自分が恵まれ幸福になっているとすれば、

自分のやった善い行いの結果であり、

もし、臨んでいない不幸な状態になっているとすれば、

それは、自分の悪い行いの結果なのだと

お釈迦様は教えられています。

 

そうは、いってもこんな場合は、どうなのかという反論があるかも

しれません。もし、そのような事があれば、遠慮無く聞いてもらいたいと

思います。これからのブログで、この事については詳しく書いてゆきたいと

思っていますので。

 

自分によい結果が来た時には、自分の努力の結実と思うのに、

悪い結果が来た時には、自分の行いに原因があるとはなかなか思えず、

あの人が悪い、この人のせいで、と人を恨んだり、憎んだりする心が

出てきます。それが、愚痴の心です。

 

考えて見ると、愚痴を言っている人の主張をよく聞くと、大抵は

以下のようなものではないでしょうか。

 

私はこんなに頑張っているのに、いい結果がこない。

あの人は、ずるい事をしているのに、悪い結果を受けていない。

自業自得ではないのではないか。

という内容ではないでしょうか。

 

ただ、他人の愚痴を聞いている時には、

「あなたは頑張っていると思っているかもしれないけれど、

他の人はもっと努力しているよ」

「あの人には、確かに問題はあるかもしれないけれど、

あなたが気づいていないだけで、頑張っているよ」

「やっぱり自業自得だよ」

と思う事も多いのではないでしょうか。

 

 

他人の愚痴を聞いている時は、愚かではなく、冷静に原因と結果を

分析できるのに、自分の事となった途端に、因果関係が分からなくなって

しまうので、愚かな心と言われるのです。

 

そう考えて見ると、恨むべきは、他人ではなくて、自分の行いであり、

行いに心当たりがないとすれば、自分の行動の善悪を正しく判断する智恵の

無さを恨むべきなのかもしれませんね。

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