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三才の童子もこれを知るが、八十の翁もこれを行なうは難し

Alzenir / Pixabay

 

愚痴の黒鬼について続けて書いています。

愚痴とは、因果の道理が分からない、愚かで馬鹿な心と教えられます。

 

因果の道理は、私たちの幸福や不幸の原因と結果の関係をお釈迦様が

教えられたもので、

善因善果(ぜんいんぜんか)
悪因悪果(あくいんあっか)
自因自果(じいんじか)

と教えられています。

 

ここで言われる、結果とは、私たちに現れる、幸福や不幸といった

いわゆる運命と言われるものです。

 

私たちの運命は、いったい何によって決まるのか

多くの人が知りたい、幸福や不幸の原因と結果の関係を分かりやすく

教えられています。

 

では、私たちの幸福や不幸を決める原因はいったい何か、

それは、私たちの行いであるとお釈迦様は教えられています。

 

つまり因果の道理とは、

善い行いをすれば、善い結果、幸福になれますよ

悪い行いをすれば、悪い結果、不幸や災難がおきますよ。

自分に現れる幸福や不幸は、すべて自分の行いが生み出したものですよ。

と教えられているということです。

 

そんな簡単なこと子供でも知っていると思われるかしれません。

ところが、これを理解するのは簡単な事ではありません。

この因果の道理が分かれば、悪い事はしないようにしよう、

善い行いをしようという廃悪修善の心が起きて、実際に実践する

ようになるのですが、言葉は知っていても、悪をやめて善い事を

実行しようという気持ちになるかというと、そんなに簡単ではありません。

こんなエピソードが残されています。

 

  昔、中国に、何時も樹上で、坐禅瞑想していた鳥巣という僧がいた。
ある日、儒者で有名な白楽天が、その樹下を通って、一つ冷やかしてやろうと思った。
「坊さんよ、そんな高い木の上で、目をつむって坐っていては、危ないではないか」
鳥巣すかさず、
「そういう貴殿こそ、危ないぞ」 と切り返した。
この坊主、相当偉いのかも知れぬ、と見てとった白楽天は、
「私は名もなき白楽天という儒者だが、貴僧の名を承りたい」
と尋ねると、
「私は鳥巣という名もなき坊主だ」
これが有名な鳥巣禅師と知った白楽天は、かねてから仏教に関心を持っていたので
「いゝ処で貴僧に遇った。一体、仏教とは、どんなことを教えているのか、一言でおきゝしたい」
と頭を下げた。 鳥巣は即座に、
「もろもろの悪を為すことなかれ、謹んで善を修めよ、と教えるのが仏教である」
と答えた。 白楽天、いさゝか呆れて、
「そんなこと位なら、三才の子供でも知っている」 と冷笑すると、鳥巣すかさず、
「三才の童子もこれを知るが、八十の翁もこれを行なうは難し」 と大喝している。

このエピソードは、因果の道理を知っても、それを実行する事は、とても難しい

という事を教えられたものですが、実践の前に、この因果の道理をやく知るという

ことが簡単ではありません。

分かったつもりで、誤解している事もよくあります。
因果の道理を知るというのは、どういう事なのか、

またこの因果の道理が分かるという事が、以下に幸せなことなのか

続けて書いてゆきたいと思います。

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