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わかっちゃいるけどやめられない

mapleman / Pixabay

 

阿頼耶識について続けて書いています。

意識が私ではなくて、阿頼耶識が本当の私であると教えられます。

 

阿頼耶識は、業力が収まる場所であり、その阿頼耶識に収まった

業の力によって私たちは、動かされています。

 

普通は、私たちは、意識によって動いていると思います。

ところが、実は、阿頼耶識に収まった業の力によって引っ張られて

いるのです。

 

たとえば、頭では、こうした方がいいと思っていても、なかなか思った

通りには、できません。

 

反対に、これはよくない事と思っていても、ついついやってしまう

事があります。

 

たとえば、掃除や整理整頓をしたらいいと思っていても、

それがなかなか実行に移せません。

 

運動をした方が健康にはいいと分かっているのに、なかなか身体が、

動こうとしません。

 

夜だらだらとテレビを見ると翌朝が辛くなると分かっているのに、

ついついテレビから離れられない事があります。

 

夜中にラーメンを食べると、胃もたれがひどいとわかっていながら、

ついついのれんをくぐってしまいます。

そして、夜だからあっさり味にしようと思っているのに、

券売機の前に立つとなぜかこってりを選んでしまいます。

 

「わかっちゃいるけどやめられない」

ということですね。

 

もし、意識で思っている通りに動くのであれば、いい事をできるはずだし

悪い事はやめられるはずなのですが、それをさせなくしているのが、

阿頼耶識に収まっている業力であると教えられています。

 

業力とは、業の力ということですが、業とは、私たちの行いのことです。

私たちの毎日の行いが業力となって阿頼耶識に収まっています。

その業力によって動かされています。

 

具体的にいうと、毎日10時まで寝ている人があるとします。

その人が、明日は、試験だから、早起きして勉強をしようと思って、

5時に目覚ましをかけたとします。

 

そうすると、たしかに5時に目覚ましの音で目が覚めて、むくっと

起き上がります。

ところが、ものすごい力でまた布団に引っ張られてしまいます。

それは、毎日10時まで寝ているという業が力となって、

ひっぱっているということです。

 

反対に、家が遠くて、毎日5時に起きている人は、目覚まし時計が

なくても自然に5時に目が覚めるようになります。

これも業力です。

 

また、部屋の掃除がなかなか出来ないという人がありますが、

その傾向として、掃除をする時には、徹底的にやって、模様替えまで

してしまうという人がよくあります。

 

徹底的に掃除をするのは、いいことなのですが、その人には、

掃除はまとめてするものという業力が収まってゆくために、

日頃は、こんな短い時間では掃除はできないから、週末にまとめて

しようと思ってしまいます。

 

それで週末にやればいいのですが、何かのイベントや行事があって

できないと今度は2週間分となって、ますますやる気を失い、

やがて部屋がカオスになってゆきます。

 

阿頼耶識に収まった業の力が強いので意識でコントロールしようと

思っても、簡単にできるものではありません。

 

ところが、意識で私であって、意識でコントロールできると思っている

ために、悪い習慣からなかなか離れられないのかもしれません。

本当に自分を変えたいと思うのであれば、日々の行いを変えてゆかねば

ならないのですが、どうすればいいのか。

また続けて書いてゆきたいと思います。

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