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どうして三日坊主になるのか

OpenClipart-Vectors / Pixabay

阿頼耶識について続けて書いています。

私たちは、日々、いろいろな行いをしていますが、

その行いを仏教では、業と言われます。

その業には力があって、それを業力といいます。

その業力が収まっている心が阿頼耶識であり、

それが本当の私であると教えられています。

 

普通は、意識が私で、意識によって動いていると思います。

しかし、意識の力は弱く、阿頼耶識に収まった業の力の方が

ずっと強いので、実は、阿頼耶識に収まった業力によって、

私たちは動かされています。

 

その現れに「三日坊主」という言葉があります。

普段よく使う言葉ですが、語源を調べてみると以下のようなものでした。

三日坊主
【意味】三日坊主とは、非常にあきっぽく、長続きしないことのたとえ。また、そのような人のこと。
【注釈】僧の修業というものは、早朝からお勤めが始まり、食事も粗食で規則正しい生活を強いられる。
出家しても、中途半端な気持ちでは修業の厳しさを乗り越えられず、三日経ったら還俗(出家した人が再び俗人に戻ること)してしまう人がいることから出来た言葉。
故事ことわざ辞典 http://kotowaza-allguide.com/mi/mikkabouzu.html

どうして、やるぞと決心しても、すぐにその決心が薄れてしまうのでしょうか。

 

「よし、やるぞ」というのは、意識の力です。

それは、とても強いように思います。

 

何かのセミナーに出席して、

「これが実行出来れば、成功間違いなし!」

と思った時は、気力が満ちあふれて、何でもできそうな気持ちになります。

綱引きでいうと、やる気がこれまでの業の力に勝っている状態で、

自分をいい方向に引っ張ってゆけそうな気持ちになります。

そして、実際にその日や、次の日は、それを実行できるのですが、

意識の力は、強いようで弱いので、だんだん初めのやる気が失われて

ゆきます。

 

そうなると、綱引きで、反対の力の方が強くなり、

やがてもとの通りに戻ってしまいます。

 

意識が変わらなければ、何も変わりませんが、

意識が変わっただけで、何もかも変わるように思うのも

また間違いではないでしょうか。

 

意識を変えて、それによってしっかりと行動を変えてこそ、

自分を変える事ができるのだと思います。

 

そして、その行動を変える時には、これまでの行動の力によって

必ず引っ張られる事を想定して、どう変えていくのがいいのかを

よく考える必要がありますね。

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