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縄を恨む泥棒とは

縄を恨む泥棒

という言葉があります。

 

泥棒が捕まって、縄でぐるぐる巻きに縛られて苦しんでいる時に、

「オレがこんなに苦しんでいるのは、この縄があるからだ。

この縄のせいで苦しんでいる」

と縄を恨んでいる泥棒を言ったものです。

 

昔の事なので、泥棒を縛っているのは、縄ですが、今で言えば、

手錠とか警察ということになるでしょう。

 

これは、愚かな人を言われたものですが、

何が愚かなのかというと、恨むべきものを間違っている

ということです。

 

「では、この泥棒は何を恨むべきでしょうか?」

ブラジルでこの話をした時に、参加した人に、この質問をしてみました。

仮にAさんとしましょう。

私「みなさん、この泥棒は、賢いですか、愚かですか?」

A「愚かですね」

私「そうですね。恨むべき物を間違っていますね?」

A「そうそう、恨むべきは、縄ではないですね」

私「じゃあ、この泥棒は何を恨むべきでしょうか?」

A「捕まるようなドジを踏んだことです」

私「……」

いえいえ、そうではありません。

 

この泥棒が恨むべきは、縄でもありませんし、もちろん捕まる

ようなへまをした事でもありません。

泥棒の恨むべきは、泥棒という自分の行いです。

 

世の中にどれだけ縄があっても、泥棒という行いをしなければ、

縛られて苦しむ事はありません。

泥棒という自分の行いによって、自分が結果を受けている、

悪因悪果 自因自果

が真実なのですが、それが分からず、見当違いなものを恨んでいる

人の姿を言ったものです。

 

そんな馬鹿な人がいるのかと思われるかもしれませんが、

実は、形を変えた、縄を恨む泥棒が沢山います。

 

たとえば、

覆面パトカーを恨むスピード違反

緑のおじさんを恨む駐車違反

抜き打ちテストを恨む中学生

DV夫を恨む奥さん

ブラック企業を恨む新入社員

など、これらは、現代版・縄を恨む泥棒といえるでしょう。

 

この人たちは、共通して、

因と縁の関係が分かっていないのですが、

お釈迦様が教えられている、因縁果の道理について、

続けて書いてゆきたいと思います。

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