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因縁果の道理とは

DIYmaster / Pixabay

 

縄を恨む泥棒について続けて書いています。

自分に悪い結果が来た時に、自分には原因がない、

他の人や周りの環境のせいで自分に悪い結果が来たと

思っている人であり、それを他因自果といいます。

 

因果の道理は、

善因善果

悪因悪果

自因自果

です。

 

結果とは、私たちに現れる幸福や不幸という運命で、

原因は、私たちの行いです。

 

善い結果が来た時には、「自分が善い行いをしたからだ」

「善因善果 自因自果 うんよく分かる」と思います。

 

ところが、悪い結果が来た時には、

「自分は悪くない」

「あの人があんな事を言ったから、こんなひどい目にあった」

「あの人がこんな事をやったから、こんな目にあった」

と人のせいにしてしまいます。

 

前々回書いた例でいえば、

覆面パトカーを恨むスピード違反

緑のおじさんを恨む駐車違反

抜き打ちテストを恨む中学生

DV夫を恨む奥さん

ブラック企業を恨む新入社員

などでしょう。

 

これらは、因と縁を間違っているところから起きる心です。

それを理解する為には、因と縁の関係をよく知る必要があります。

 

因果の道理は、正確には因縁果の道理といいます。

これは、因と縁が結びついて結果が現れるということです。

 

因だけでも結果は現れず、縁だけでも結果は現れません。

因と縁が結びついて結果が現れます。

 

たとえば、米を結果とすると、その因は、籾だねになります。

しかし、籾だねは、それだけあっても米になる事はありません。

籾種を机の上に置いていても米はできません。

 

籾だねが米になるのを助ける働き

水や土や日光、養分といったものが縁になります。

因だけでも結果は現れませんが、

縁だけでも結果は起きません。

 

どれだけ田んぼを耕して水を流して、肥料を撒いても、

タネを蒔かなければ米が出来る事はありません。

 

因と縁が合わさって初めて結果が現れます。

しかし、あくまでも原因によって結果が現れるのであり、

縁によって現れるものではありません。

 

縄を恨む泥棒 を例に挙げると、

縄に縛られて苦しんでいる事が結果です。

縄は縁になります。

因は、泥棒という行いです。

 

泥棒という行いが因であり、それが縄という縁に結びついて

ぐるぐる蒔きに縛られて苦しむという結果が現れます。

 

苦しんでいるという結果はあくまでも自分の泥棒という行いが

生み出したものであり、縄のせいで苦しんでいる訳ではありません。

 

縄はどれだけあっても、それに縛られて苦しむのは、

泥棒という行いをしたからです。

 

間違いなく自因自果であり、それを縄のせいにしているのは、

自分の因を見ずに、縁ばかりを見ているということで、

他因自果の心という事になります。

 

この因と縁の関係がよく分かると他の例もやはり自因自果である

事がよく分かるのですが、また詳しく書いてゆきたいと思います。

 

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