Read Article

LGBTと大統領令

トランプ大統領が就任以来、様々な大統領令を出して、それによる

混乱に振り回されている状態が続いていますが、

新たな大統領令が検討されているようです。

信仰によりLGBTへの福祉拒否も 米大統領令草案をWSJが確認

ドナルド・トランプ米政権が、宗教的信条に基づいた個人、組織、雇用者の法的保護の範囲を大幅に拡大する大統領令の草案をまとめたことが分かった。これにより、信仰を理由に性的少数者(LGBT)への福祉が除外されたり、雇用者が従業員の避妊への医療保険適用を拒否したりすることが容認される可能性がある。草案は政権内で回覧されている。

「信仰の自由を尊重する政府全体のイニシアチブの確立」と題した同草案のコピーをウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が確認した。ただ草案は、トランプ氏の署名を得ておらず、同氏の手元に届けられない可能性もある。ホワイトハウスの広報担当者は2日電子メールで、「現時点ではそうした大統領令を出す計画はない」と述べた。

トランプ氏は大統領選中、キリスト教右派の有権者を取り込むため、公共の場での信仰の役割を拡大すると公約していた。同氏は2日宗教団体の朝食会で演説し、教会が政治に関与するのを制約する1954年税制改正修正条項(ジョンソン修正条項)を撤廃する方針を表明した。

同条項により、教会が政治に関与した場合には、免税資格を剥奪される恐れがある。トランプ氏は演説で「ジョンソン修正条項を全面廃止し、我々の信仰の代表者が罰せられる恐れを抱かずに自由に発言できるようにする」と宣言した。

トランプ氏がこうした大統領令に署名した場合、信仰の自由や、同性愛者の権利、妊娠中絶の権利をめぐる対立が一段と激しくなりそうだ。最近では、トランスジェンダー(心身の性別不一致を感じる人)が男女のどちらの公衆トイレを使用すべきかで論争が巻き起こっている。草案は、1日にリベラル系雑誌「ネーション」に掲載された。

同性愛者やトランスジェンダーの権利擁護団体は草案について、信仰を理由にして事実上LGBTに対する既存の多くの保護を骨抜きにできる「差別に対する認可証になる」と、直ちに反対する姿勢を示した。

LGBTの権利擁護を唱えるヒューマン・ライツ・キャンペーンの政府問題部長であるデービッド・ステーシー氏は、「草案の一部でも大統領令として発効されれば、LGBTの平等と権利をかつてないほど後退させる」と訴え、「宗教団体は、信仰に反すると主張して、いかなる法規も守る必要がなくなってしまう」と強い懸念を示す。

The Wall Street Journa (http://jp.wsj.com/articles/SB12107231265257393585504582598214120576548)

 

LGBT(エル・ジー・ビー・ティー)または GLBT(ジー・エル・ビー・ティー)とは、女性同性愛者(レズビアンLesbian)、男性同性愛者(ゲイGay)、両性愛者(バイセクシュアル、Bisexual)、性同一性障害を含む性別越境者など(トランスジェンダーTransgender)の人々を意味する頭字語である。LGBという頭文語は1980年代中期頃から使われ始め、Tを加えたGLBT(LGBT)という言葉は日本では、1990年代頃から使われ始めた。

(wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/LGBT)

もっともこの大統領令は、娘さんのビアンカさんの反対によって

発令されることは無さそうという報道もなされていますが、

検討される事が大きな問題となっています。

 

人種差別、男女差別、性的差別、などトランプが大統領になって、

いろいろな差別が取りだたされていますが、これは、急に出てきた

のではなく、多くの人の心にあり、それがトランプという縁によって

表面化してきたものでしょう。

 

個人心理学の祖 アドラーは、

「人間を根本的に動かしているものは、優越を求める心だ」

と言っています。

 

人を見下げる事で、自分の優越感を満たしているというのは、

とても悲しいことだと思います。

 

また、今回の問題は、その差別する心を宗教が後押ししている

という状況なので、よけいに深刻な状況であると思います。

 

お釈迦様は、カースト制度の厳しかった当時、全ての人の命は、

平等であると教えられました。

 

こんなエピソードが残されています。

 阿難(釈尊のお弟子)が、ある夏の暑い日、行乞より祇園精舎に帰る途中、あまりにノドが渇いたので、樹の陰で一人の若い女が手桶に水をくんでいるのを見て、一杯の水を求めた。
阿難は美男で有名だった。釈尊在世中、ついにさとることができなかったのは、あまりに女難が多かったためだといわれている。その阿難に言葉をかけられた娘は、赤面しながら小さな声で、
「私は卑しい素性の女です。あなたのような尊い身分の方に、あげとうてもあげられません」
と断った。
当時のインドには、婆羅門、刹帝利、吠舎、首陀羅といわれる、厳として破ることのできない社会の階級があった。
婆羅門(僧侶)、刹帝利(王族)は、ほとんど同等の尊い身分とされていたが、吠舎はそれらに対して、婚姻はもちろん、交際までも禁じられていた。
首陀羅に至っては、直接それらと言葉も交わされぬという、虫ケラ同然にみなされていた。
今の娘は、その首陀羅であったのである。
釈尊は、かかる四姓の鉄壁を打ち破って、すべての人々は平等である、と喝破せられた。
阿難は、優しく娘を慰めて、
「人間は生まれながらに貴賤が定まっているのではない、仏の教えは、一切の人々は生まれながらに平等であり、自由だと教えられているのです。どうか遠慮なさらずに私に水を一杯布施してください」
と少女を励ましている。
「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」
明治の先覚者の言葉に、当時の人々は驚いたが、釈尊は三千年の昔に、すでに「万人は平等なり」と叫ばれたということは、実に驚嘆すべき事実である。 (チューリップ企画 とどろき12年8月号)

お釈迦様は、全ての人の命は平等であり、全ての人が平等に救われると

教えられました。

イギリスのEU離脱やトランプ大統領の当選など、自国民を第一に考え、

他国民を差別するような考え方が広がりつつある今こそ

お釈迦様の教えを知ってもらいたいと念ずるばかりです。

URL :
TRACKBACK URL :

Leave A Reply

*
*
* (公開されません)

Return Top