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自分探しの旅を始めましょう

AdinaVoicu / Pixabay

前回、幸せになろうとするなら、自分の事をよく知る事が

大切であると書きました。

 

それを感じてか、自分探しの旅に出るという人があります。

そしてなぜかインドであったり、中東であったり、今まで行った事がない

日本と文化が大きく異なる場所を選ぶ事が多い様に思いますが、

それで本当に自分が見つかるのでしょうか。

 

そもそも、自分を探すとはどんな事なのでしょう。

実はインドに自分がいて、それを捜索しにいくという事ではないでしょう。

自分は海外を探さなくったって、日本にいますし、それどころか

鏡を見れば、そこに自分がいます。

 

いやいや、そういう事では無くて、自分の内面を見つめる事を自分捜し

というのだよ、という反論が聞こえてきそうですが、

たしかに、毎日が忙しく過ぎて、いろいろなしがらみにとらわれた

日本にいては、自分の内面を見つめる時間も環境もないという事も

いえるでしょう。

 

しかし、海外にいくとそんなに自分を見つめる事に集中できるかと

いうと、はじめての場所で、泊まる場所や食べるもの、電車やバスに

乗る事一つをとっても、調べたり考えたりしないとなかなかでき

ません。

 

日本とは考えている事が違うでしょうが、やはり考えている事は

自分の外側の事で、なかなか内面を見つめるのは難しいでしょう。

 

その国に何年間も滞在するという事であれば、日本との時間の感覚は

大きく違っていますので、自分を見つめる時間は多く取れるかもしれ

ませんが、数週間の旅行では、慣れる事で精一杯になってしまう事も

考えられます。

 

また、海外に行くと日本とは大きく違った価値観に触れて、

それまでにはない自分が生まれるという事も考えられるかもしれませんが、

海外にそれなりに長く生活している経験から、数週間いて分かる違いという

のは、実は表面的なもので、そこから感じ取ったものでは、日本でも

当てはまらないどころか、その現地の人にも、それはちょっと違いますよ

と言われてしまう事も多い様に思います。

 

では、自分を知るには、どうすればいいのでしょう。

別に高いお金をかけて、仕事を休んで、海外に行かなくても、

仏教を聞く事で、自分の本当の姿をしる事ができます。

 

有名な禅僧道元は、

「仏道を習うというは、自己を習うなり」

仏教を学ぶということは、自分の姿を学ぶという事だ

といい、源信僧都は、

「よもすがら 仏の道に 入りぬれば 我が心にぞ たずね入りぬる」

と歌われています。

 

このブログでは、これから仏教で、どのように自分の姿が教えられているか

を続けて書いてゆきたいと思います。

 

さあ一緒に、自分探し旅を始めましょう。

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