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同じ人なのに、正反対の評価が…

taniadimas / Pixabay

 

私の姿を映す3枚の鏡について続けて書いています。

一枚目の鏡は、他人鏡と言われるもの、他人の目にどう映っているかを

みて自分の姿を知ろうとすることです。

 

この他人鏡は、自分の姿を正しく映してくれる鏡なのでしょうか。

この鏡は、都合によってコロコロ変わる鏡ですので、正しく私の姿を

映してくれる鏡ではありません。

 

自分にとって都合のいい人は、善人と映りますし、

自分にとって都合の悪い人は、悪人と見えます。

 

都合によって変わるので、昨日は悪人だと思っていた人が、

翌日には、ガラッと変わって善人となりますし、その反対もあります。

 

また、都合によって変わるということは、同じ人に善人、悪人という

全く反対の評価が下ることもあります。

 

野球やサッカーなどのスポーツ競技で、しばしば問題になるのが

審判の誤審です。

 

有名なものは、マラドーナのゴールにハンドのファールを取らなかった

審判などが挙げられますが、それがきっかけとなって負けたチームから

すれば、その審判は大変な悪人になりますが、買ったチームからは、

あの審判のおかげでといい人になってしまいます。

 

また、日本で豊臣秀吉といえば、一番下の地位から、トップまで上り詰めた

成功者の代名詞ですが、韓国の人にとっては、国土を侵略した大悪党の

代名詞となっています。

 

同じ人なのに、どうして全く反対の評価が下ってしまうのか、

それは見る人の都合が違うからです。

 

では、どちらが正しい評価なのでしょうか。

どちらの評価を信じればいいのでしょうか。

この他人鏡は、あてにならない鏡ということです。

 

ところが、そのあてにならない鏡に振り回されてしまう人が

多いのも事実でしょう。

 

人からどう見られているかを気にするあまり本当の自分の姿を

隠して、他人から期待される自分を演じてしまうこともあります。

 

しかし、それを演じ続けることは大変な苦痛を伴い、

長く続くものでありません。

やがて演じることに疲れて、本当の自分の姿が見えた時に、

今度は、他人から期待を裏切られたという評価が下ることも

あります。

 

もちろん他人からどう見られているかは、無視していいことでは

ありませんが、必要以上に気を取られて、振り回される必要も

ないということです。

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