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ブタは褒められてもブタ、ライオンはそしられてもライオン

Alexas_Fotos / Pixabay

 

私の姿を映す鏡について続けて書いています。

私を映す鏡には、他人鏡、自分鏡、法鏡の3つの鏡があると

言われます。

 

初めの他人鏡とは、他人の目に自分がどう映っているのかを見て、

自分の姿を知ろうとすることを言います。

 

ところが、この鏡は都合によってコロコロ変わる鏡ですから

本当の自分の姿を映す鏡ではありません。

 

他人鏡が正しく自分の姿を映さないと知れば、この鏡を

必要以上に気にする必要はないと知らされます。

 

私たちは、人から褒められるととても嬉しい気持ちなりますが、

反対に、人からけなされたり、悪口を言われると落ち込んだりします。

 

それは、それだけ人の目を気にして、他人鏡をあてにしている

ということですが、他人鏡の実態がわかると、人からどう見られるかで

一喜一憂する必要はないと知らされます。

 

ブタは褒められてもブタ

ライオンはそしられてもライオン

という言葉があります。

 

ブタが、どんなに褒めちぎられたとしても、

ブタであることには変わりありません。

ライオンは、どんなにけなされたとしても、

百獣の王であるライオンであることには変わりません。

 

これは、何を言われているのかというと、

褒められる前と後は、変わらないということです。

そしられる前と後も、変わりません。

 

ところが私たちは、人から褒められると、自分の価値が上がった

かのように錯覚してしまいます。

反対に、自分がけなされると、自分の価値が下がったかのように

思ってしまいます。

 

例えば、TOEIC 700点 という一つのことでも、

「すごいねー!」と褒められると、なんだか自分は英語ができる人の

ように思います。

800点、900点の力があるかように思ってしまいます。

 

反対に、同じ700点でも、そんな点数では通用しないよと

けなされると、500点くらいの力しかないように思って

しまいます。

 

しかし、褒められたとしても、けなされたとしても

その前と、後とで自分の実力が変化するわけではありません。

 

700点の力は、変わらず、700点の力です。

ところが、褒められると、自分の実力が上がったかのように

錯覚してしまうために、

自分はもうできるのだと思って、努力をしなくなる事が

あります。

 

また、けなされた場合も、自分はどうせダメなんだと

思ってやる気を失い努力をしなくなる事もあります。

 

これが問題なのです。

褒めてもらったことは有り難く受け止めて、より努力するきっかけと

すればいいですし、悪く言われても、できていないところを教えて

もらったわけですから、感謝して、それを直す努力をしてゆけば

いいのです。

 

そのように努力を重ねてゆけば、自然と認めてくれる人は増えるでしょうし、

貶す人は少なくなっていくものです。

 

私たちが努力すべきところは、人からよく見られるように表面を取り繕う

事ではなくて、自己を磨くところに、力を集中すべきであるという事が

わかりますね。

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