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うちの子に限って 親の欲目と自分鏡

FreeWorld / Pixabay

 

自分の姿を映す鏡について続けて書いています。

 

まずは、他人鏡について説明をしました。

人の目に自分がどう映っているのかを知ることによって、自分の姿を

知るということですが、その他人鏡は、その人の都合によって、

コロコロ変わるものなので、真実の姿を映すものではないと言われて

います。

 

では、次の自分鏡はどうでしょうか。

これは、自分の道徳的良心によって、自分の姿を見つめるということです。

 

自分は、善い人間なのか、それとも悪い人間なのか、道徳的良心に

照らし合わせて、判断するということです。

 

では、この自分鏡は、自分の姿を正しく映す鏡なのかというと、

結論から言いますと、正しく映してくれる鏡ではありません。

 

なぜなら、自分鏡には欲目というものが入って、正しく見ることが

できない、どうしても善いように善いように見えてしまうからです。

 

欲目というのは、善く見よう、善く見よう、という心が働く

ということです。

 

例えば、親の欲目と言った時には、親は自分の子供をどうしても

善く見よう、善く見ようという心が働いて、客観的に見ることができ

ません。

 

たまに、

客観的に見ても、うちの子は可愛いと思うんだけどね…

という人がありますが、親は客観的に見ることはほぼ不可能と

言ってもいいでしょう。

 

警察関係の人から聞いた話ですが、スーパーやコンビニで

子供が万引きをして、警察に捕まると、親元に連絡が行きます。

警察がお母さんに事情を話しをすると、ほぼ決まって

「うちの子に限って、そんなことはありません。何かの間違いじゃないでしょうか」

という返答が返って来るそうです。

 

そして、渋々警察署に行って、しょんぼりと座っている我が子の姿を見た

お母さんから

「うちの子は、もともとそんなことをする子じゃないんです。

悪い友達にそそのかされて、いや、ひょっとしたら脅されて、

やらされたに違いありません。どうかそこをよく調べてやってください」

という、発言が口をついて出て来るそうです。

 

うちの子に限って

というテレビドラマもありましたが、古今東西変わらない親の欲目に

共感する人が多いことの表れでしょう。

 

もちろん、親が子供のことを信じてやらなくて、他に誰が信じてやるのか

という意見もあるでしょうし、そのように愛情をかけられるから、

子供は元気に育っていくということも言えるでしょう。

 

ただ、その欲目が、青少年犯罪の温床になってしまったり、

モンスターペアレンツを生み出す要因になっていることにも注意が

必要でしょう。

 

そして、もっと問題なのは、自分の子供のことでさえも客観的に

見られない私たちは、自分のこととなると、その欲目はもっと強く

働いて、善いように善いように、無意識のうちに見てしまうという

ことです。

 

よくよく自戒しなければと思わずにおれませんね。

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