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これつまらないものなんですど…と渡されたら?

 

お釈迦様は私たちの自惚れ心を7つに分けて、七慢と教えられています。

(1)慢(まん)

(2)過慢(かまん)

(3)慢過慢(まんかまん)

(4)我慢(がまん)

(5)増上慢(ぞうじょうまん)

(6)卑下慢(ひげまん)

(7)邪慢(じゃまん)

の7つです。

 

次は、6番目の卑下慢についてです。

卑下するというのは、自分を下げるということです。

褒められても、

いえいえ、とても私は、そのような褒められるものではありません。

と自分を下げることを言います。

 

この自分を下げる言葉は日常生活のいろいろな場所に見られますね。

前回の我慢については、男性に強く現れることが多いと書きましたが、

この卑下する言葉は女性の会話でよく聞かれるように感じます。

 

「私って、ホント馬鹿なのよね~」

「あり合わせの物しかありませんが…」

「ウサギ小屋みたいな狭いところですみません」

「これ、つまらないものですが、召し上がってください」

などなど、また単語でも

「寸志」「薄謝」「粗品」

などは、同じように自分を下げている言葉ですね。

 

自分を下げるというのは、それによって、相手を上げる、

相手への尊敬の気持ちを表すもので、これを聞くと、

これまでの、

慢、過慢、慢過慢、我慢、増上慢とは違って、

自分を下げているのだから、自惚れていないように思います。

 

ところがお釈迦様は、この卑下する心も自惚れ心であると

教えられています。

 

それは、自分を下げる言葉を言う時に、本当は、そうは思って

いないからです。

 

「私って、ホント馬鹿なのよね~」

という人があったら、皆さんは、どう返事するでしょう。

「そんなことないよ~」

と否定しないといけませんね。

これは定型文のようなもので、もし間違って

「うん。本当に馬鹿だよね」

なんて言おうものなら、大変です。

「何よ、あんたの方こそ、馬鹿じゃないの!」

と急に怒り出してしまいます。

 

「あり合わせの物ですみません」

と料理を出されたら、

「こんなご馳走を有難うございます」

と答えましょう。

「本当にあり合わせですね」

なんて言おうものなら、二度と食事に招待されることはありません。

 

「つまらないものですが」

と出されたものを

「確かに、つまらないものですね」

と受け取る人は、論外ですが、

「え、これ○○デパートの地下の並ばないと買えないバームクーヘンじゃないですか!」

と驚いて初めて

「そうなのよ。わかります?」

と満足されるので、

「あ、有難うございます」

とそのまま受け取られると

「あの、それご存知ですか、○○デパートの地下の…」

と自分から説明したくなってしまいます。

 

本当は、馬鹿だとか、つまらないとは思っていないのです。

本当にそう思っていたら、

「本当に馬鹿だよね」「本当につまらないものだね」

と言われても、

「そうなんです」と普通に会話が続いていくでしょう。

 

本当は、そうは思っていないのだけど、自分を褒めるような

ことを言うと、自惚れていると思われるのが嫌で、

自分では自分を下げながら、後で相手に上げてもらおうという

作戦なのではないでしょうか。

 

褒め言葉を一度否定するのは、その言葉をもう一度聞きたいから

という人もあります。

自慢をするのは、浅ましいと思うからあからさまには言えなくても

やっぱりすごいことだから気づいて褒めて欲しいという心が

働くのではないでしょうか。

 

普段の会話で、そこまで明確に思っていることはないでしょうが、

心を深く見つめていくと、この卑下しながら自惚れている

卑下慢に気がつきます。

 

下げているようで実は上げている

どこどこまでも慢心から離れられない実相を見抜かれた

お釈迦様の教えに驚かずにおれません。

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